本編

7th Operation 「バカ野郎」

「さっきから何バカみてーなこと言ってんだ?!
 受験勉強終わって、大学入って、気が抜けて頭がどうにかなってんじゃねーのかバカ野郎!
 大学へ入るのがゴールじゃねーぞ?今からがスタートなんだよ!このバカ息子が!」



「親父。信じられない話かもしれないけど・・・全部本当の話なんだ。」



徹の父親、鷲見優(すみまさる)。
大工をしている優は仕事中に建設中の家屋の屋根から足を滑らして落下。
その落ち方が悪かった・・・・。


ただ足を骨折するぐらいならいいのだが・・・・
まさかの脊髄損傷。
かろうじて手を動かすことはできるものの、下半身不随の状態。


事故後、身体中のあざや擦り傷、骨折は治っても、下半身が動かない・・・。
尿意や便意を感じることもできず、自分で排泄することすらできない。
ましてや歩くことも・・・・。



今後は車椅子での生活が待っている。
仕事はおろか、もう今までのような日常生活は行えない。



優の事故はちょうど徹の受験シーズンが始まろうとしていたときに起きた。



それまでは、何となく優の後継になるのかもしれないとの思いで、
土木関係の学科を受験する予定であったが、父親が自宅で生活するために、
少しでも自分が力になれたらとの思いで、理学療法士を目指すことにしたのだ。



理系志望であったことに変わりはなく、偶然にも自宅から通学のできる距離にあった、
平和大学のリハビリテーション学科を第一志望で受験。



見事合格したのだ。優はおおよそ、身体の状態は落ち着き、
あとは自宅で日常生活を送ることができるようにリハビリをする必要があり、
総合病院からリハビリ専門病院へ転院してきたところだった。



平和大学からは電車を乗り継いで1時間ほど。
ちょうど県境ぎりぎりの場所にある。



リハビリ専門の病院にしては、かなり規模の大きな病院である。



その中の1室、鷲見優の入院している病室に、
徹とリオナは例の実験台の話をしに来ている。



「バカ野郎!そんなことができたらなー・・・
 俺の今までのリハビリは何だったんだっつー話になるぞ!
 それに医者がいらねーってことになるじゃねーか!
 寝ぼけてんじゃねーぞ!寝言はねてから言え!
 顔洗って出直してこい!このバカちょんが!」



こんなに短時間でこれほどまでに「バカ」という言葉を発する父親もなかなかいないだろう。
優はもともと大工というだけあって、豪快な男で話し方には迫力がある。



徹とは話し方も雰囲気も全然違うタイプ。
リオナが2人のやり取りを見ていて、本当に親子なんだろうか?と疑ってしまうほどだ。



「分かったよ親父。だったら信じなくてもいいからさ。
 さっき言ったように、この子が親父の耳たぶに5秒キスするからさ。
 じっとしててよ。治ったらもうけもんくらいの感じでいいからさ。」



「だから嫌だっつってんだろバカ野郎!なんで俺がそんなことしなきゃいけねーんだよ!」



「親父。冷静になってくれよ。耳たぶにキスしてもらうだけだよ?
 車椅子生活とおさらばできるんだよ。
 もうリハビリをする必要もない。また仕事もできるんだ。」



優は全く聞く耳を持たない・・・。



「もし治らなくても、こんな若い子から耳たぶにキスされることなんて、
 たぶん親父の人生で今後もう二度とないぞ。
 得した気分にはならないか?」



「バカ息子!もう帰れ!俺をバカにすんのもいい加減にしろよ!
 お前とは違って俺は女にモテるんだよ!
 キスしてくれる女の1人や2人、今でもいるんだよバカ野郎!」



優は顔を真っ赤にしながら、何やら恥ずかしそうな表情で怒っている。



「親父・・・もしかして・・・この子のことタイプなのか?
 それで恥ずかしいから・・・だからさっきから拒否し続けてるのか?」


「ば・・ば・・・バカ野郎!てめー!
 んなわけねーじゃねーかバカ野郎!もう帰れよ!バカ野郎!」



さらに顔を赤らめる優。図星だったようだ。
明らかに動揺し、さらにバカの数が多くなっている。



「タイプでもないんだったら、耳にキスくらいいいだろ?
 そんなことモテる親父なら日常茶飯事だろ?
 だったらたいしたことじゃないだろ?5秒だけでいいんだからさ。」

「わ・・・わ・・・分かったよバカ野郎!さっさとキスしてとっとと帰りやがれお前ら!」



リオナと顔を見合わせ、うなずく徹。優のほうへ近づいていくリオナ。

「ちょ・・・ちょ・・・ちょっと待て!本当に耳たぶにキスするのか?!」



「親父。。。さっさとキスしろって言ったの親父だぞ?」



「わ・・・わ・・・分かったよ!さっさとしろ!」



こんな親父の表情を見たのは、徹は生まれて初めてだった。
やはりリオナのことがタイプなのだろう。



そしてリオナは優の耳たぶに5秒間キスをした。



優の顔の色がだんだん真っ赤に染まっていくのが分かって、
徹は笑いをこらえるのに必死であった。



キスが終わり、、、沈黙が病室内を支配する。



「親父。体はどう?」



「・・・・・バカ野郎!治ってるわけねーだろ・・・・・
 ん?・・・おい!普通に足が動かせられるぞ!マジかよバカ野郎!
 ふざけんなって!まじかよ!おい!バカ野郎めー!信じらんねー!



 おいバカ息子!ナースコールのボタン押せ!
 今すぐ先生に本当に治ってんのか診てもらうぞ!」



「ちょっと待って。親父。冷静になって聞いてくれ。大事なことなんだ。
 俺たち2人が帰ってから診察してもらってくれ。



 それで・・・リオナが耳たぶにキスしたから、いきなり治ったってことは、
 医者や看護師、その他の誰にも言わないでくれ。
 俺たち二人が今日ここへ来たことも黙っておいてくれ。」



「なんでだよ!バカ野郎!別に悪いことしてるわけじゃねーから、
 本当のこと言ってもいいだろうがよ!」



「冷静に聞いてくれ親父。病気や怪我で苦しむ人は、この世にはたくさんいる。
 そんな人やその家族が、もしこのリオナの能力を知ってしまったらどうなる?
 みんなリオナにキスを求めに来るようになるぞ。



 そうなったらリオナはもう日常生活がまともに送れない大学生になってしまう。
 最悪なのはマスコミ関係の人間にかぎつけられること。もうそうなったら終わりだ。
 そういうことだから・・・この子のためにも・・・
 親父・・・頼むから誰にも言わないでくれ。」



「・・・それもそうだな・・・俺だってバカじゃねーよ!
 そんくらい最初っから分かってたよ!



 約束するわ。絶対に誰にも言わねー。母ちゃんにも言わねー。
 医者には俺の自然治癒力はすげーだろ?って言っとくぜ!」



そう言うと優は突然リオナの前に土下座をして、頭を地面にくっつけた。



「姉ちゃん!ありがとう!これでまた・・・大好きな大工の仕事ができる!
 大工の仕事ができないのは本当につらかった・・・
 生きてるのか死んでるのか分かんねー毎日だった・・・



 俺はな・・・こういう不器用な性格だから・・・
 こういう時なんて言えばいいか分かんねーけど・・・
 本当に感謝してるぞ!ありがとう!・・・



 あとは・・・姉ちゃんに迷惑かけねーよーに・・・
 棺桶に入るまで今日のことは俺の胸にしまっておく!
 絶対に誰にもこのことは言わねーから・・・」



しばらくうつむいたまま顔を手でこする優。



徹は生まれて初めて父親の涙を見た。



診察を受けて早く優を安心させてやろうと、逃げるように高田総合病院を去る徹とリオナ。
帰りの電車は途中までは2人一緒。夕方ということもあり車内は若干混んでいる。
2人の間に会話はない。徹が先に口を開いた。



「2人だけで話がしたいから。ホテルにでも行かない?何にもしないから。」



「うん、そうしよ。何かしたら殺すからね。」

「はいはい。」



2人の気持ちは同じだったようだ。
誰にも邪魔されない空間で早く話がしたかったのだ。



次の駅で降り、駅近くのラブホテルへ入ることにした2人。
不思議とラブホテルへ入ることに抵抗はなかった。


それもそのはず。今はそれどころではないからだ。
そんなことよりも、話さなければいけないことが山ほどある。
2人ともそんな心境だったのだろう。



といっても、考えてみれば、普段から看護革命研究会の603号室で2人きりなのだ。
2人にそういった恋愛感情はない。

ホテルの部屋へ入った瞬間。徹が口を開く。

「2人で億万長者になれるよ。」



リオナは思った。
こいつは本物のバカ野郎かもしれない。



7th Operation「バカ野郎」完  8th Operationへ続く



7th Operation「バカ野郎」編集後記


口も悪いし態度もでかい。
でも話してみると、実は繊細で心が温かい。


そんな人が大好きです。


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